待降節第2主日礼拝

◎2021年125日(日)主日礼拝

  • イエスさまの誕生を待ち望む、待降節(アドヴェント)に入りました。毎週一本ずつろうそくが灯されます。私たちのところだけではなく、世界中の苦しんでる人や悲しんでいる人のところに、イエスさまが(救い主)が来てくださることをお祈りしながら、クリスマスを迎える準備をしましょう。

  • 主日礼拝以外の諸集会(CS礼拝、聖書に学び祈る会、オリーブ会は実施)は、当面休会といたします。来会の際、マスクの着用、手指の消毒、検温などの対策にご協力お願いいたします。

  • Youtubeにてライブ配信は継続して行います。どこにあっても礼拝をささげることができ、その場に主がおられることを心に留め、今は自分と隣人の「命」を守ることを最優先にしていただきたく思います。皆様のご協力をお願いいたします。皆さまの歩みの上に、聖霊の豊かなお導きと慰めがありますように。


◎説教「立ち帰るために」(エレミヤ書・36110

 預言者エレミヤはユダ王国が滅亡へと向かっていく時代に活躍した。隣国の脅威に晒されていたユダ王国だったが、人々の危機感を持たず、都合の良い言葉に耳を貸していた。エレミヤはその中で神の警告を伝え続けた。

 本日の箇所は、神がエレミヤに語ってきた言葉を書き記すよう命じた場面だ。一人でも多くの民衆に神の警告が伝わるように、そして神に立ち帰るチャンスが与えられるようにという神の惜しみない憐れみがここにある。

 エレミヤが神殿で語れない状況ならば、バルクを遣わして神の言葉を朗読させた。神の言葉の伝達は、預言者だけに託されたものではなかった。あるゆる手段をもって、神はその言葉を民に伝えようとされる方なのだ。それほどまでに、人々が立ち帰ることを願っておられ、それ故、怒りも憤りも露わにされる。

 時代の荒波によって神を見失った時、立ち帰る方法を示されるのは、やはり神なのだ。神の言葉を向き合う私たちは、それを聴き、その言葉を読み伝えていくのだ。私自身が、そしてより多くの人々が神へ立ち帰るために。



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