2026年3月29日(日)主日礼拝
主イエス・キリストの愛と平和が、ひとり一人のうちに豊かに満たされますように。飢えや貧しさ、悲しみや痛み、苦しみや憤りの中にある人々にも、あなたの正義と平安がありますようお祈りいたします。
本日、石橋教会では仲程牧師・金牧師との12年間の歩みを締めくくる最後の礼拝が行われました。12年間ありがとうございました。
説教「わたしのために」仲程愛美牧師
神がいるならなぜ悪があるのか。この問いへの完全解答はない。ただ、その説明の1つとしてイエスの十字架が語られる場面がある。
「イエスはわたしたちの罪のために十字架にかけられた。」何度も聞いてきた言葉だが、「なんだかよく分からない」と感じることは少なからずある。
イエスの十字架は身体的苦痛はもちろん、精神的な痛みがある。「他人は救ったのに、自分は救えない」との嘲笑は、救い主の否定でもある。非力なイエスがそこにいる。
弱さの中にあり、共に苦しんでくださる方の存在。どれほど悪が蔓延(はびこ)ろうとも、理不尽な世界が広がろうとも、決して一人ではないとの証は我々の支えとなる。
十字架は究極的な寄り添いの証だ。ただあえて言うなら、「寄り添うこと」と「解決」はイコールではない。つまり目の前の「悪」が消えるわけではないのだ。事実、イエスの十字架の死という事実は変わらなかった。では悪が勝ったのか?いや、そうではない。十字架の先に「復活」がある。苦しみ、悲しみ、痛みの中から引き上げ、切り離し、今一度「いのち」を得ることだ。だから、我々にとっての十字架は「生きなおす」原動力になっていく。受難節最後の週は希望に向かう1週間でもあることを覚えていたい。
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